はじめに
現在の社会には情報があふれています。何の根拠もない「思いつき」や「思い込み」にすぎないものから、多くの勉強と思索を重ねたうえで誠実にわかっていることだけを述べたものまで、実にさまざまです。
育児や教育についても、価値観の多様化といえば聞こえはいいのですが、限られた知識だけを述べたものや、わずかな経験をもとに、ああすればいい、こうすればいいと教えてくれるものが山のようにあります。
こうしたものの多くは、自然とは何か、人間とは何かといった広い視野を欠いており、自然、人類、社会、家庭、個人などを含めた全体との関係のなかで育児や教育のあり方を考えているようには思えません。
目的地を目指すとき、人は必ず地図を用意します。つまり、何か目的を遂げようとするなら、地図のように広い視野を与えてくれるものが必要であり、そうでなければ行き当たりばったりの「出たとこ勝負」になってしまいます。
いま流れている育児や教育に関する情報の多くは「旅行記」のようなものです。歩いていたら山があった、川があった、家があった、そこを曲がるとよいというふうに書いてあるのですが、受け手の資質や出発点が違えば、ほとんど役に立ちません。それどころか、かえって道に迷いかねないのです。
はじめに
現在の社会には情報があふれています。何の根拠もない「思いつき」や「思い込み」にすぎないものから、多くの勉強と思索を重ねたうえで誠実にわかっていることだけを述べたものまで、実にさまざまです。
育児や教育についても、価値観の多様化といえば聞こえはいいのですが、限られた知識だけを述べたものや、わずかな経験をもとに、ああすればいい、こうすればいいと教えてくれるものが山のようにあります。
こうしたものの多くは、自然とは何か、人間とは何かといった広い視野を欠いており、自然、人類、社会、家庭、個人などを含めた全体との関係のなかで育児や教育のあり方を考えているようには思えません。
目的地を目指すとき、人は必ず地図を用意します。つまり、何か目的を遂げようとするなら、地図のように広い視野を与えてくれるものが必要であり、そうでなければ行き当たりばったりの「出たとこ勝負」になってしまいます。
いま流れている育児や教育に関する情報の多くは「旅行記」のようなものです。歩いていたら山があった、川があった、家があった、そこを曲がるとよいというふうに書いてあるのですが、受け手の資質や出発点が違えば、ほとんど役に立ちません。それどころか、かえって道に迷いかねないのです。
江戸時代のように道徳が定められていて、「人の道」というものがはっきりしていた時代には、誰もがその「道」を歩いていれば問題はありませんでした。逆にいえば人は、封建制度、身分制度というものにがんじがらめにされていたのです。
自由が保障され「どこをどう歩いてもいい」ということになると、そうはいきません。どこにどういう道があり、どこに崖があって、どこに宿があるという確かな地図がなければ、何が起こるかわかったものではありません。
育児や教育についての「旅行記」は多いのですが、いまだに役に立つ「地図」はあまりできていないように思います。それが、この本を書こうと思った動機であり、詳細な「地図」とはいえませんが、多くの人たちに役立つものと思います。
というのも、私自身、さまざまな科学や学問、情報などに首を突っ込んでは考えつつ、子育てをしながら、育児や教育について「地図」づくりの必要性を痛感し、悪戦苦闘してきた成果をまとめたものだからです。
もし、第1章を読み進めるのを面倒に感じられたら、第2章から読んでいただいてもかまいません。第2章は、子どもの「成長」に則して、いっそう具体的な育児の方法や考え方が述べられているからです。
しかし、そうした具体的な方法が、人間が生きていくうえで必要な「地図」のなかでどういう意味をもっているかを知るには、第1章を読まれたほうがよくわかるのではないかと思います。
なぜかというと、第1章は、人間が生きていくうえで「育児」や「教育」がどういう意味をもっているか、何なのかということを、広く科学や学問の成果を踏まえて述べたものだからです。
たとえば、この本は脳と育児の関連についても述べています。しかし、脳というのは体の一部であり、体は自然の一部です。したがって、脳だけを取り出して論じることは、体や自然を軽んじることになりかねません。
ですから本書では、進化心理学や心身医学といった新しい学問の成果も踏まえたうえで、あくまでも自然のなかの体、その一部としての脳というとらえ方をしています。同様に「育児」や「教育」にしても、自然の一部としての人間という観点を欠いたまま論じることは許されないはずです。
いずれにしても、本というものは単なる「道具」です。決まった読み方などありません。どこから読んでいただいてもかまいませんし、飛ばし読みしていただいてもかまいません。
しかし、この本を十分に読み込んでいただければ、「育児」ばかりか「人生」そのものが実り豊かなものになり、女性ばかりか男性にも、あらゆる職業の人にとって役に立つだろうと確信しています。
自分自身の子育てについていえば、私は決してよい親ではありませんでした。まがりなりにも「地図」ができたいまなら、もう少しましな子育てができるだろうと思うのですが、子どもが成人したいまとなってはどうにもなりません。
その気持ちを込めて、この本を二人の子どもにささげたいと思います。そして、多くの読者と同じように、彼らが親となったとき、この本を役立ててくれたらと願わずにはいられません。