道義大国への道はどこにあるか?
数年前のある夏の夜、新宿駅ホームに入ってきた列車の前に舞い上がるように弧を描き、飛びこんだ黒い背広の中年男性――。薄い鞄を片手に振り上げ、駅のライトの中に落ちていった細いシルエットは、いまも私の脳裏に焼き付いて離れません。
事故処理で動かなくなった電車を諦め、地下鉄に乗り換えたところ、またもや人身事故に遭遇しました。
僅か十分足らずの間に二人の命が消えた現実に大きなショックを受けましたが、年に三万人以上の自殺者が出ていると聴けば、この体験も偶然とは思われず、放置してはいけないものを放置する、この時代に横行する無責任を痛感せずにはいられません。
人の歴史は人が創っていくものです。とくに近年の自殺の増加は、そこに深い狂いがあることを示していると思えてなりません。
敗戦の焦土と化した日本は、その後の半世紀で驚異的な経済復興を果しました。そしていまは経済大国といわれるまでになりましたが、私たちの社会はいま、これまでにない混乱を抱えて苦悩しています。
私は長年、学校教育に関わってきましたが、子供たちの心が荒れ、暴力や破壊、いじめ、不登校が増加し、学力低下も懸念される現状は、何より教育から日本精神が失われてきたことの結果だと思われます。
秩序と礼節を教えるはずの教師が、父母や国民が知らぬ間に、愛と調和を尊重する人間性を否定し、「奪い合い」や「いがみあい」などの特殊な生活指導を行ない、我欲と争いの心を植えつけていたのです。
この実態に気づく人は少ないでしょうが、そうした教育が日本人から勤勉や誠実さを奪い、不信と我欲に固めていったことを見逃すことはできません。
経済的繁栄を享受しながらも社会が苦悩している最大の原因は、日本人の道徳力が低下していることにあるのだと思います。モラルを失いエコノミックアニマルと欧米から蔑視された日本が、道義大国として世界から信頼される道はどこにあるのでしょうか。
現代人の苦悩は、無責任な政治と教育から生まれたもので、真に愛情と責任のある指導者が必要なのです。いま、二宮尊徳が注目されている理由がそこにあります。
尊徳が教えた人の道、経済自立の道
尊徳が生きた幕末は、多くの藩の財政が破綻し、過酷な年貢米取り立てに喘ぐ農民たちが貧困と飢餓で勤労意欲を失っていた時代でした。そんななかで二宮尊徳は、すぐれた指導力を発揮したのです。
その生涯に六百二十か町村の財政再建を成功させ、多くの農民たちを救い、藩の財政建て直しに貢献したといわれます。
尊徳の再建事業は、まず人の心に種を蒔き、人の道を教え諭すことから始めました。農民の心に道徳力を高めながら経済再建を果たしたのです。そのために尊徳が説いた実践哲学は、二百年の時を越えて現代にも求められるものなのです。 |