移植コーディネーター も く じ

プロローグ 移植コーディネーターって知ってますか?
こんにちは、移植コーディネーターです
生体肝移植の保険適用で注目を浴びる職業に

1章  私はレシピエント移植コーディネーター
 すべては「添田ブタ」から始まった!!
慶應では肝移植の動物実験を始めたのは小児外科医
3頭のブタを使った動物実験
レシピエントブタに愛を込めて看護師たちの名前を付ける
ブタに自分の名前を使われたことを知って実験に参加
もともとは「犬小屋」と呼ばれていた実験室
スピードが要求される血管吻合
「添田ブタ」が初の生存ブタに
先天性胆道閉鎖症の子供たち
ヒトの移植手術を見てみたい! 移植の本場を紹介してもらう
英語も話せないのに6カ月間のアメリカ留学へ
2章  アメリカに留学して初めて
 2種類のコーディネーターの存在を知る
アメリカでは臓器提供は極めて一般的なこと
2種類のコーディネーターが存在していた!
ドナーコーディネーターが集まるオフィス
これがドナーコーディネーターの仕事
たった1人のドナーの臓器摘出で約75人が救われる
レシピエントコーディネーターの仕事とは?
コーディネーターになるための資格
全米臓器移植ネットワーク「UNOS」
最初の1カ月は「ちんぷんかんぷん」
ドナーコーディネーターの辛い面接に同席
医療側の臓器摘出のステップ
印象に残った患者さんたち
 症例1 最初に立ち会ったのは脳死状態になった27歳の男性
臓器提出の申し出の有無にかかわらず準備に入る/臓器は有償で譲り受ける/日米に見る医療費の違い/ケビンの体から心臓、肝臓、腎臓が取り出される
 症例2 コンパの帰りに転んで大怪我をした21歳の大学生
 症例3歳男性。喘息の重積発作で脳死状態に
最後の温もりがあるうちに「さよなら」を
3章  移植の中心地・ピッツバーグへ
 現在の自分の基礎が築かれる
「提供する側」から「提供される側」へ
子供と遊ぶプロ、CLSとは
脳死肝移植を受けるまでのスケジュール
「神のみぞ知る」辛いウエイティングタイム
「神様! 今度こそ孫に順番が回ってきますように……」
ウエイティングリストに載ってから9カ月、やっと移植のチャンス!
レシピエントの肝臓を取る――いかに出血を少なくするかがポイント
新しい肝臓を植えた瞬間に鮮やかな赤色に変化
“命取り”にもなる拒絶反応
免疫抑制剤のメリット、デメリット
私の「ノート」に書き込まれている患者さんの“第2の誕生日”とは?
4章  一生忘れられない
 ケニーと過ごした大切な日々
私の職業の“原点”ともいえるケニーとの出会い
先天的な腸の病気から肝不全に
待ちに待った移植手術
ケニーに健康な肝臓が植えられた
生まれて初めての食事――つかの間の平穏
またしても拒絶反応、2度目の移植手術へ
さよなら、ケニー……
5章  当初6カ月の予定が……
大学へ進学、そして大学院に
ナースキャップを被らない看護師
大学進学に向けて、「飛び級」にもチャレンジ
大学、そして大学院へ
当時のアメリカの看護師は深刻な就職難
大学院卒業後、小児在宅看護の職に就く
なかなか順番が回ってこない日本人の渡航移植者
葬儀屋さんは葬儀大学出身のプロ
アメリカでは「死」の認め方が日本と全く違う
6章  帰国、母校の慶應で教員生活
そして医者と患者のパイプ役として充実した日々

母校に“着地”――看護短大助手として在宅看護論を教える
コーディネーターの第一歩はデータ整理
コーディネーターは患者と医師との欠かせないパイプ役
生体肝移植と脳死肝移植の大きな違いを実感
アメリカが生体肝移植に消極的な理由
移植の時期決定が大きな問題になる生体肝移植
両親が移植を決意するまでの長い道のり
移植の時期が遅れてしまう原因
手術後に必要不可欠な免疫抑制剤
“シーソーの関係”にある移植の合併症と感染
ここまで進歩した免疫抑制剤
患者の皆さんに免疫抑制剤の大切さをわかってもらう
患者さんに先生への信頼感を持ってもらうのが私の使命
大人の生体肝移植も保険適用に
今後、ますます注目を浴びるコーディネーターの活動
うれしい! 若い人たちが育ってきた

あとがき
©コスモトゥーワン