神から見ての人生の道標
カミカラミテノジンセイノミチシルベ
未来へ続く道へと
城間創神 かよこ・みか
誰もが書けなかった全ての行き詰まり、壁にぶつかっていたものを心の奥の奥の方まで捉え、心を正し、あらゆる事の軌道修正、人生の道標になっている本です。神の教えを頂き城間創神が放つ第四弾の書!
主な内容
第1章 全人類はカルマの再現の人生なり 人間は神の子を見失いサルが先祖だと思っている
第2章 神は創いの光です 神には様を付けるな この上ない敬いが神、一言です
第3章 神と聞いたら宗教と思うなかれ 大きな勘違いです 人間が神様に成ったのが宗教の教えです
第4章 心の姿勢捉え方一つで明か暗へと神が心の在り方を示す人生の道標
第5章 人間形成、習性傾向性が性格性質人格へと己の思いで歪めた心の醜さ
第6章 神を見い出せぬ人は波乱万丈で哀れな人生を送っています 神の後押しが無いから
第7章 人生の終焉人生は一度きりでは無く生まれ変わりするものである
- 価格
- 2200円(本体2000円)
- 判型
- 四六判上製
- 頁数
- 456 頁
- 発行日
- 2014.2.12
- ISBN
- 978-4-87795-233-4
立ち読み
まえがき
神は荒波の如き試練を人生の躓きとして何故人間に与えたか
あなたはこの人生の中でカルマの再現から身心打ちひしがれ、病んで疲れ果て、生き地獄の様な苦しみを背負って日々苦しんでいますか。それとも、順風満帆で全ての欲しい物は手に入れ、成功していますか。
神から見れば、前者は苦しみの中から神に目覚め、救われる道がそこに用意されています。後者は神の神理が紐解かれ、悪を知って善を知る心の教えから気付き、反省し、心の奥まで悔い改め、輝かせる新時代の到来した今、素晴らしいチャンスに恵まれている事にも気付く事が出来ない様に成されています。
毎日が満ち足りている人は幸福いっぱいで神にそっぽを向けます。人生は一度きりと己の欲望に溺れ、心の腐敗を招いて、心を見失い、行き過ぎた野望や快楽を求め、何の為に人生が在ったのか、その価値を見い出せずに人生を終えています。神は、十二億年も人間が神が親だと目覚めてくれる事を忍耐して待っています。
まえがき
神は荒波の如き試練を人生の躓きとして何故人間に与えたか
あなたはこの人生の中でカルマの再現から身心打ちひしがれ、病んで疲れ果て、生き地獄の様な苦しみを背負って日々苦しんでいますか。それとも、順風満帆で全ての欲しい物は手に入れ、成功していますか。
神から見れば、前者は苦しみの中から神に目覚め、救われる道がそこに用意されています。後者は神の神理が紐解かれ、悪を知って善を知る心の教えから気付き、反省し、心の奥まで悔い改め、輝かせる新時代の到来した今、素晴らしいチャンスに恵まれている事にも気付く事が出来ない様に成されています。
毎日が満ち足りている人は幸福いっぱいで神にそっぽを向けます。人生は一度きりと己の欲望に溺れ、心の腐敗を招いて、心を見失い、行き過ぎた野望や快楽を求め、何の為に人生が在ったのか、その価値を見い出せずに人生を終えています。神は、十二億年も人間が神が親だと目覚めてくれる事を忍耐して待っています。
神に背き、闇の世界に転落し続けた人間の罪を赦し、悔い改めさせ、歪んだ心に光を入れ、邪な自我を消そうと立ち上がっています。
神の救世の時代です。創世記にムーやムー大陸に降臨した神の子人間達を生まれ変わらそうと神は御手を差し伸べ、天界から降臨した180億人の神の子供達にカルマなる心の痛みを消す為に輪廻転生、転生輪廻の基準を早めてまでも地獄に落ちている人も含めて公平に、神を冒涜し、神に背き続けた罪というカルマを消し、生まれ変わらせる為に最高のチャンスの今の世に生まれさせ、明るい未来の訪れ、神の子の救世の時代に平等に神の子を確立させ、進化向上していく未来への道を準備してあります。
今までのように知らないで悪を犯している人間は間違いを正そうとしても神であっても止める事は出来ない。善い事だと思って悪を犯し続けているので、永遠無限に知らずに罪を犯すのです。
何が悪い事なのかも知らず、罪の認識がまるで無いからです。悪とは知らずに罪を犯し続ける事の恐ろしさです。御心に背く思いや行動、偶像崇拝、寺、宮、神社、寺院、我は神なりという教祖崇拝、先祖崇拝等を永遠に平気でやっている事です。
人間が苦しい、辛い、悲しい、心や体の痛み、仕事の行き詰り、人との仲たがい、間違いだらけの学問、細胞研究、あらゆるデータ、天文学等々、それらのものは神から見ての躓きの石であり、さてそこからあなたはどうするのか、どうしたいのか。心が向上するか、否かがはっきり決まります。投げやり、すてっぱちに成り、やけくそになった時は限りなく心の暗い闇へと落ちて、そこに何時までも浸り、希望の無い人生へと成り果てます。あるいは、何度失敗してもそれでも尚、どうすればくぐり抜けられるか試行錯誤しながらも、忍耐し、悩み、苦しみ、もがき、喘ぎながらも、諦めきれず、努力して、踏ん張れずに脱落する人もいれば、その試練に忍耐し、踏ん張っている人は希望の光に辿っていきます。
肉親は子供や孫を甘えさせ、苦労させまい、哀れさせたくない、怪我をさせたくない、失敗はさせたくないと、その苦労している試練の姿を見、哀れみを感じ取り、救う為の苦しみの真意も理解出来ず、結果として神が拵えた躓きの石というチャンスから子、孫を逃れさせる羽目に成したとしても、結果として後の祭りになっているのが多いです。
肉体人間の親が、神が御手を差し伸べ、気付き、反省させ、十二億年も神を見失った生き様から子、孫を救うチャンスを与えたものを摘み取って、取り除いてしまい、逃げる癖、避ける癖の人生を送らしているとも知らず、親が何故、何時までも生存して見守る事が出来ようか。古から心の呪い封印を消す為に躓きの石をその子孫に試練として与えていたものを。苦しみの中から気付かそうと神はしたのに、物やお金をあげ、気付けという厄、気付きなさいという苦しみを消したところで何の解決にもならないという事、愚かな事をしている親が多いです。
厄が打ち込まれた子、孫達が躁鬱、登校拒否、いじめ、自殺等の不運に遭遇した時、親は学校が悪い、先生が悪い、友達が悪い、他人が悪い等と他人のせいと擦り付け、責任転嫁し、己を正当化して他人に責任を押し付け、賠償金まで請求し、支払えと裁判訴訟まで起こす醜さ、最悪な、悍ましい悪心を見せています。その様な人達は厄、裁き、制裁まで打ち込まれています。
分からなければ、次々に、終わりの無い最悪なまでの生き地獄を見る制裁が無限に打ち込まれています。あらゆる苦難があり、無惨なまでの散財まで打ち込まれ、全てが水の泡と化します。全ての人間は神を軽んじ、冒涜し、先祖が神だと仏崇拝、あらゆる偶像崇拝に明け暮れ、心に神が在る事に気付かないと悲惨な出来事が起こります。
沢山の人が厄という意味さえ知らず、あらゆる躓きに遭遇しています。この神から見ての人生の道標の本を読んで、ちょっとしたアドバイス、言葉の掛け方、行動の仕方が相手の肩を押すエールとなる事の知恵を諸先輩方は学ぶべきであり、友人や隣人にも神理という神を見い出す為の知恵を伝える様、心掛ける事です。
皆気付かそうとするこの行為こそ神心です。
今の時代は躁鬱を患っている我が子を気違い(ターリムン)扱いにされる事を嫌がり、親、兄弟の恥だ、面汚しだと言って厄介者と見なし、人の目ばかりを気にし、世間体が悪いと思い、厄介払いのように精神病院に放り込んでいる親達を見て、自分の子、孫をボロギレを捨てる様に冷たい仕打ちとみなし、醜い親だと見ています。
親が子、孫の様子が危ないと瞬時に察知出来る様に心の目を開いて、自分が気付かなければ誰も救う事が出来ないのだと己を戒めるべきです。今は沢山の人がカルマの再現が打ち込まれ、躁鬱の子供が多くなり、生命をも捨てる暗いカルマの再現の念になされています。
事件、事故、あらゆる病気や、子、孫達の素行が悪くなったら、気付けという厄が打ち込まれたと知る事です。
カルマや厄を消す為の浄霊があり、神を知る事で救われる方法が見つかります。
プロフィール
城間創神(しろまそうしん)
27年前、天界の光一元・善一元の神の啓示を受け、神がその時から、人間と霊魂の全てを対象にして、永遠の生き様、カルマの清算と罪の赦しを与える浄霊を開始したことを知る。
著者自身が多くの病気を患い、日々苦しみの渦中におかれていた時のことである。さながら、大宇宙が真っ二つに割れるような響きと共に、「神である」というお告げの一声を聞き、神の光が注がれた。身心全てに神の光が流れ入って、身も心も浄霊を果たした。それはあまりにも尊い光で、涙が滝のように流れ、切実を超えた悦びに満たされた。するとその後、全ての病気が奇跡的に消えたのである。そこで、「病気は治るのではなく、神の光で消える」ことを著者は悟った。
2007年6月28日、神光物理学・名誉博士号を、イオンド大学より学位授与される。
著者の悟りを一言で表せば、「神は生命力、治癒力である」となる。