闘う預言者ミミ萩原 天からの警告
タタカウヨゲンシャミミハギハラ テンカラノケイコク
女子プロレスラーの私が預言者になった!/2022年、地球大激動
萩原ミミ著
いま、地球にとってもっとも試練のとき
女子プレレスラー時代に3度の臨死体験をし、マリア様と出会い、預言者として活躍することになった著者。この地球、世界は、とりわけ2012年から10年間、試練の時を迎えている。私たちは愛に目覚め、魂を磨き、学ばなければならない、と警告する。
主な内容
Part1 女子プロレスラーの私が預言者になった
Part2 未来のこと、今すべきこと

- 価格
- 1540円(本体1400円)
- 判型
- 四六判
- 頁数
- 216 頁
- 発行日
- 2014.2.28
- ISBN
- 978-4-87795-280-8
立ち読み
はじめに
こんにちは、お久しぶりです。萩原ミミです。
長らく、女子プロレスの世界で生きてきましたから、プロレスラー“ミミ萩原”として記憶している方が多いかもしれませんね。
私は今、天の言葉を伝える預言者として、天に仕えています。
「あの、『ミミ萩原』がなぜ?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私にとっては、何も不思議なことではないのです。
というのも、私は幼いころから、霊とともに生きてきました。生まれて間もないころから、霊の存在をそばに感じながら育ち、女子プロレスラーとしてリングに立っているときも、それは変わりませんでした。
はじめに
こんにちは、お久しぶりです。萩原ミミです。
長らく、女子プロレスの世界で生きてきましたから、プロレスラー“ミミ萩原”として記憶している方が多いかもしれませんね。
私は今、天の言葉を伝える預言者として、天に仕えています。
「あの、『ミミ萩原』がなぜ?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私にとっては、何も不思議なことではないのです。
というのも、私は幼いころから、霊とともに生きてきました。生まれて間もないころから、霊の存在をそばに感じながら育ち、女子プロレスラーとしてリングに立っているときも、それは変わりませんでした。
ある日、試合中に瀕死の重傷を負い、私の霊魂は身体を抜け出しました。いわゆる臨死体験です。そのとき、私の霊魂が向かったのは、天でした。本編でくわしくお話しいたしますが、言葉にできないくらい、絵に描けないくらい、それはすばらしい場所でした。天は私に、
「まだ来るのは早い」
とおっしゃって、私の魂を元の身体に戻しました。
「人は、死んだら、あのようなすばらしいところへ行けるんだ!」
これが、私の初めての、天に関する体験です。その後、やはり同じプロレスのリング上で、2度の臨死体験をしました。そのたびに私の魂は天へ向かい、やはり同じように元の身体に戻されました。
「臨死のような恐ろしい目にあって、リングに戻るのは恐くなかったのですか?」
私にそう尋ねた方もいましたが、私はまったく恐ろしくありませんでした。死んで恐ろしい地獄のようなところへ行くのであれば、死は恐怖そのものです。しかし、美しく、快く、楽しい場所へ行くのですから、何を恐れることがあるのでしょう。その世界を目の当たりにした者にとっては、一刻も早く、世界中のどこよりも、行きたい場所なのです。
この3度の臨死体験のほかにも、私の身に起こった不思議な体験は、数えきれないほどあります。しかし、私の人生の転機となる決定的な体験をする日が訪れました。それは、あまりに不思議で、神秘的なものであり、私が本格的に天にお仕えするきっかけとなりました。
今から20年ほど前のことです。あるとき突然、急に魂が抜けたようになったのです。突然、ふっと倒れこむと同時に、私の目の前に、次々と映像が展開されました。まるで、目の前に気の遠くなるような長い映像フィルムが広げられ、どんどん巻き上げられていくような感覚です。そうした体験の何度めだったでしょうか、私の目の前にマリア様が現われたのです。
その日も同じように、急に脱魂状態に陥った私の眼前に、マリア様の映像が現われました。そして、
「天の道具になってくれますか?」
マリア様がそうおっしゃったとき、一も二もなく、私は、
「できることならなんでもいたします」
と誓っていました。
それから、天の道具として働く預言者としての人生が始まりました。最初は何をすればよいのかわからず、ひたすら学ぶ日々でした。やがて、天からのお導きや、さまざまな出会いを経て、私は預言者として、天からの大切なメッセージを伝える役目を悟るようになりました。一人でも多くの皆さんの魂が、無事に天へ帰れるようにお手伝いするのです。
今、私たちの住むこの地球は、世界は、試されようとしています。ですから、私たちは愛に目覚め、魂を磨き、学ばなければなりません。とりわけ、2012年末からの10年間は、私たちにとって試練のときです。
そこで一人でも多くの人が目覚め、天の愛を知っていただけたらと願い、このたび、筆を執りました。
女子プロレスラーだった私が、なぜ預言者になったのか。天からのメッセージとは何か。これからどのようなことが起きるのか。私たちはどうすればよいのか。少しずつお話しして参りたいと思います。
プロフィール
萩原ミミ(はぎはらみみ)
1956年生まれ。アメリカンスクールASIJ卒業後スイス留学。70年にミミ萩原の芸名でモデルデビューし、翌年からはタレントとしても活動。『仮面ライダー』『TVジョッキー』『あんちゃん』『8時だョ!全員集合』等に出演。73年、日本コロムビアより“プティシャトン”(可愛い子猫)のキャッチフレーズで元祖アイドルデビュー。デビュー曲は『おしゃれな土曜日』、アルバム『かわいいシャトン』もある。楽曲の中には宍戸錠さんとのデュエット曲『別れのワルツ』等もある。
78年にタレント出身者として初めて全日本女子プロレスに入る。81年、オールパシフィック王座を獲得し(引退するまで保持)、その後「WWWA世界タッグチャンピオン」も獲得。84年にドクターストップで全日本女子プロレスを引退。その後は女優として『ダンシングレディー』をはじめとしたミュージカルや舞台で活躍。リング上で3度臨死体験をしたが、92年にマリア様と出会い「天の道具」として生きることを決意。翌年、マリア様の言葉で広島に転居。ヨハネ大司教から預言者として認められる。一方で、コンサートや創作ミュージカル、ダンス、劇に取り組み、毎年公演を行なう。96年にはロシアで歌と講演を行ない、3日間でのべ10,000名を動員。オープンライブパフォーマンスやライブ活動、ファンの集い等を今も続けている。